2015年01月27日

知らなかったオーストラリア・デー

 オーストラリアでは、1月26日は国民の祝日。

 毎年、この日はオーストラリア・デー(Australia Day)
なんだけど

 どうしてオーストラリア・デー?

 今まで考えたこともなかったんだけど、昨日リリアンが
教えてくれたんですよ。

 子供は、学校の歴史の授業で習います。

 1788年、イギリスから植民を目的に、第1船団(約1500名、
囚人約760名)が11隻の船でシドニーに到着。

 イギリスからの囚人達を乗せた船が次々に到着し、最後の
11隻目が到着したのが、1月26日でした。

 それで、この日をオーストラリア・デー。

 アボリジニー側からすると、襲来記念日?

 1780年代のイギリスは、産業革命の失業者などが都会に
集まって犯罪者が激増。

 パン1個盗んだとかの微罪でも、収監する制度だったために
国内の監獄は満員となり、囚人が溢れます。

 イギリス政府にとって、流刑地の確保が重要課題でした。

 6隻の船でオーストラリアに送られた囚人のうち、ほとんどは
男性で、150人ほどは女性、子供から大人までいました。

 ちょっとの食糧を盗んだだけの人から殺人犯まで、さまざま。

 また囚人の監視役としてイギリスの軍団、役人、将校、船の
乗組員やその家族などもたくさんいました。

 その後、第2船団、第3船団と次々に到着し、イギリスは
囚人たちを使って、オーストラリア開拓を進めます。

 と、いう感じで、オーストラリアの歴史は続くのですが

 詳しく知れば知るほど、興味深いことばかり。

 リリアンのノートには、第1船団すべての船の名前、
イギリス出航日、現地到着日、乗組員数、囚人男性人数、
女性人数のリストの他

 船に積んで来た物資リストなど、いろいろな資料も
貼ってありました。

 送られたのは人だけではなく、牛、馬、羊、山羊、うさぎ、
鶏、アヒル、七面鳥、その他たくさんの動物たちも。

 農業器具はもちろん、建設の道具類や機械類、テント、寝具、
植えるための木、種、機織り機、鍋などの調理器具など多岐に
わたります。

 11隻中、3隻の船は、食糧船で、保存のきく食糧約2年分。

 途中、新鮮な野菜類などの食糧確保のため、アフリカや
ブラジルなどに停泊し、出航から8カ月もかかりました。
 
 長い船の生活で、40数名ほど、病死した人もいたようです。

 オーストラリア・デー、今は楽しい国民の祝日ですが、
 
 大変な時代を経て、今の平和な日々があるのですね。

 うちでは、オーストラリアのことは、子供の方が詳しいです。 
(´▽`*;)

posted by ヒカリ at 00:03| オーストラリアいろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする